2002/03 議会質問から

ノート(赤)

まちづくり・まちおこしにITを生かす


  いわゆるIT化が言われて久しいものがあります。ITの技術が、好むと好まざるとに関わらず、あるいは得手不得手を問わず、私たちの暮らしのそこここに大きな役割を担うようになっています。であれば、たんなる機器の普及による経済効果といった狭い観点にとどまることなく、より積極的に市民と市にとって有益な活用を推進すべきではないかという観点から、まちづくり・まちおこしへITの活用について質問をいたします。
 まず、この間、市が主催しておこなってきたIT講習会について、その総括、そして今後の方向について報告願いたいと存じます。どんな成果が得られ、あるいはどんな反省があり、さらにどう活用され、今後どうそれが生かされていくのなどの点について概略を答弁ねがいます。また、参加者およびボラティア講師の方々からはどのような声が出されているのでしょうか。
 そうした点をまとめ、市民に知らせることは、いまだ参加はしていないけども関心があるとおっしゃる少なくない市民にとっても大いに参考になるのではないでしょうか。また今後の展開についてもお答えください。

 私は、さらに一歩踏み込んで、まちづくり・まちおこしという切り口から、市としてどのような活用をお考えなのかも合わせて質問をいたします。
 当市の公式ホームページにアクセスしてみましたところ、昨日ですが、カウンターが8万を超えておりました。開設時期も異なりますし、コンテンツというのでしょうか内容もさまざま特徴がありましょうから数字の比較に意味はありませんが参考までに、高萩市の公式ページは3万6000、いわき市は45万、塙町は2万2000、日立市は20万7000、常陸太田市は8万5000といった数字でした。
 担当の方の奮闘には敬意を表したいと存じます。同時に、いっそう内容を充実させていく立場から2、3提案と質問をいたします。
 インターネットの利点は広く速くという点にありますけれども、それにまさる大きな特徴が双方向性という点であると思います。たとえば現在の当市のホームページでも、「野口雨情の作詞した校歌はありませんか」のコーナーなどは、それを生かした試みであると存じます。こうした双方向性という特性を意識したコンテンツの充実を、いわば観光パンフレット的な内容からスタートしたホームページの次のステップの大きな柱として、より積極的に位置づけてはいかがかというのが第一点の提案です。
 ホームページにアクセスしてきてくれた人を、単なる一見さん的なお客様ということにとどめずに、より積極的に情報を寄せていただけるような、行政施策の提案もしていただけるような、小さな存在かもしれないし、あるいは大きな役割を果たすかもしれませんが、まちづくりの主役となっていただけるような、そういう受け止め方をすることができるのではないでしょうか。ITが秘める可能性として期待したいと思います。当局のお考えをうかがいます。

 もう一点、これは中期的な視点も必要ですが、データベース機能の充実という提案です。いま当市のページでは「広報きたいばらき」がPDFファイルとして公開され、バックナンバーをみることもできるようになっています。第一歩は踏み出されていると評価させていただきたいと存じますが、これをさらに積極的な形で充実することを求めたいと思います。
 先般、情報公開条例が施行されて、私のまわりでもこの制度を何度か利用した例があります。これを実際に利用するばあい、窓口にいって申請書を書いて、日にちをおいてから改めて文書を閲覧し、あるいはコピーを受領するという煩雑な手続きが必要です。会社などにお勤めの方は利用しにくい制度ともいえます。
 あらためて申し上げるまでもなく、行政が持っている情報は原則的に公開することが基本です。いつても誰でもが情報を入手できるようにすることは行政の責任でもあります。そのさい、インターネットは大きな役割を果たすことができるはずです。
 具体的には、文書類を、たとえば本会議の議事録なども、すべてインターネット上にアップロードするということをぜひ検討していただきたい。そして市民が、自宅のパソコンからキーワードを入力して検索すれば、必要な情報を見つけることができるというシステムです。そのためには、ファイルの形式としてはPDFよりテキストデータのほうが便利だということも細かいことですが、つけくわえておきます。

 (再質問) ITに関して、さきほど双方向性という観点についてお話をさせていただきました。
 メールはたくさん寄せられている(とうかがっておりますが)とのことですが、たとえばどんなメールが寄せられて、どんなふうに答えているのかなどは、現在のページではわかりません。とてももったいないことだなと感じます。ぜひ、苦言などもふくめ寄せられた意見や提案、合わせてそれへの対応をも公開することを検討してほしい。そういったところで担当者や関係部局の一生懸命な姿を示すことが、市内外の方々の本市に対する信頼を高めることにもつながるものと確信いたします。
 ご答弁いただいたIT講習会の連続開催によっても、ITを有益な道具として活用しうる条件は大きな一歩を踏み出しているわけです。
 「情報は発信するところに集まる」といわれます。市内外のたくさんの人々の知恵も力も合わせることが、まちづくり・まちおこしの何よりの力であるはずです。心ある方々を信頼し、情報を開示し、発信し、そして受け止めて、さらにフィードバックをしていく。そうした努力を積み重ねることが行政に求められているのではないでしょうか。
 私のところで個人的に開設しているホームページ「すずき産地」に昨年5月、「いやー、懐かしい」と題して次のような電子メールが届きました。ちょっと紹介させていただきます。

「大北川」で検索していたら、偶然たどり着きました。
磯原は私が育った街です。もっと正確に言うなら、「磯原町重内」
ここには、30年前以上に「重内炭鉱」がありました。
私たち兄弟は、炭鉱勤めの父に連れられ、よく鮎釣りに大北川に行きました。初夏の川には、スイカのような若鮎の香りが満ち、水面ではナイフのように鮎の腹が輝いていました。
明徳小学校。校歌の一節に「石尊山」が出てきたはずです。
閉山。あの頃の友は、皆どうしているのでしょう。
貴殿の素敵なHP内で勝手に郷愁に耽り申し訳ありません。転勤族となった今でも、心の一部は確かにあの「重内」の空の中に溶け込んでいます。また、拝見させていただきます。

 というメールでした。
 申し上げたいのは、当市というものを知らせたい大切な人たち、情報を発信し、受信する対象として積極的に位置づけていい人たちが、ここにもいらっしゃるということです。
 私のばあい北海道出身だということから、「私も北国生まれなんだよ」あるいは「北海道の炭鉱で働いたことがあるんだよ」など何人もの市民の方に暖かいお声をかけていただき、胸を熱くしております。その私自身は北海道で育っていたころですけれども、かつてご承知のとおり当市は6万の人口を数えたことがあります。それが後には、4万人まで減少したわけです。たくさんの友だちが転校していったという話を私も、夫やその友人からも聞いております。
 気づかされるのは、遠い地にあって、この北茨城市に思いを寄せている人たちがたくさんいるだろうということです。そうした人たちに、こちら故郷からも思いをよせ、北茨城の今を伝えたいと思うのですが、いがでしょうか。
 ITの技術を生かして、広く北茨城の情報を受発信することはもちろん意義のあることです。同時に、より対象を明確にしたコンテンツを充実させていくことも検討されていいのではないかと思うのです。かつての常磐炭田、炭鉱地帯だった歴史は、まぎれもなく当市の大きな特徴の一つであり、そこに関わった人の存在も本当に多数であることはいうまでもありません。具体的なキーワードにまで踏み込みましたが、ITというものを生身の人と人との接点を広げるものとして活用し、まちおこしにもつなげていくという有機的な施策を提案したいと存じます。情報が動けば、人も動くし、物の動きにもつながる、そんな可能性が広がります。当局の前向きな検討を求めます。

 



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